大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成元年(ワ)8207号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一〇月二一日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、別紙著作物目録記載の著作物(以下「本件ビデオ」という。)の著作権を有していること、被告がその一部を放送したことが、右著作物を放送する権利(著作権法二三条一項)を侵害した不法行為に該当することを理由に、被告に対し、その侵害により受けた損害の賠償として一〇〇〇万円を請求(内金請求)する事案である。

二  争いのない事実

1  本件ビデオ

本件ビデオは、影像及び音が映画の効果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、ビデオテープに磁気的に記録されて固定されている著作物であつて、映画の著作物に含まれる。

本件ビデオは、主として、平成元年七月二〇日に神戸市灘区所在の山口組本部事務所で行われた、渡辺芳則が山口組の統轄者たる地位を継承し山口組組長(五代目)を襲名したことを示すための「山口組五代目継承式」(以下「本件継承式」という。)の模様を撮影のうえ、約一時間二七分の長さに編集したものである。

2  被告の行為

被告は、放送法による一般放送事業並びに放送番組の企画、製作及び販売等を目的とする株式会社であり、平成元年一〇月二日以降、毎週月曜日から金曜日の夜に、「筑紫哲也ニュース23」と題する、筑紫哲也をメインキャスターとするニュース、スポーツ及び情報の三部構成からなる報道番組を自局及び全国の系列局を通じてテレビジョン放送しているところ、平成元年一〇月四日午後一一時四五分から放送した同番組(以下「本件番組」という。)中において、原告に無断で、本件ビデオの一部を約四分間放送した「以下「本件放送」という。)。

三  争点

本件の争点は、原告が本件放送当時に本件ビデオの著作権を有していたか、本件放送は著作権法四一条所定の時事の事件の報道のための利用又は同法三二条所定の引用として適法な行為か及び被告が賠償責任を負担する場合、原告が受けた損害の額が幾らかの四点であり、それらに関する当事者の主張の要旨は次のとおりである。

1  原告が、本件放送当時、本件ビデオの著作権を有していたか。

【原告の主張】

(一) 主位的主張(映画製作者の著作権)

本件ビデオは、平成元年七月初旬頃に原告が山之内幸夫代議士を代理人として株式会社藤映像コーポレーション(以下「藤映像」という。)代表取締役俊藤博と合意した、原告が本件ビデオを製作するにつき藤映像が撮影及び編集等を請負う旨の契約に基づいて、藤映像が撮影及び編集等を行つて完成させたものであり、しかも、平成元年七月二〇日の撮影終了時には、原告が藤映像に製作費用として五〇〇万円を支払つたから、本件ビデオの製作者は原告であり、著作権法二九条一項により、その著作権は原告に帰属する。

なお、本件ビデオの製作目的は、山口組が、本件継承式参加者には出席記念品として、外部団体(芳名録に記帳することを許諾したが出席できなかつた全国各地の山口組系列以外の団体)には本件継承式の模様を報告するとともに、賛助に対する謝意を示すものとして配付するためであるが、山口組は、構成員が平等な立場で団体を構成するものではなく、家父長制を模した疑似血族関係を形成する団体であつて、団体の構成は縦割りで不平等なものであり、取引社会に権利義務の主体として登場することはできず、いわゆる権利能力なき社団ともいえず、したがつて、構成員個人が権利義務の帰属主体として登場せざるをえず、藤映像への本件ビデオ製作の発注も、山口組若頭の地位にある原告個人の法律行為として行われたものであるから、本件ビデオの製作者、したがつて著作権者は、団体としての山口組ではなく、原告である。

(二) 予備的主張(著作権の譲受け)

仮に本件ビデオの製作者が藤映像と認められるとしても、原告と俊藤は、その製作契約締結時に、本件ビデオが完成すると同時にその著作権の全てを藤映像から原告に譲渡する旨合意したから、同年八月二〇日頃の編集完成と同時に、その著作権は藤映像から原告に譲渡された。

2  本件放送は、著作権法四一条所定の時事の事件の報道のための利用として適法な行為か。

【被告の主張】

(一) 被告は、本件番組において、次の二つの事件を報道した。

(1) 平成元年一〇月四日(本件番組当日)、大阪府警察本部が三年半ぶりに暴力団山口組の一斉摘発を行い、組員四七人を逮捕し、組事務所など二八か所を捜索したこと。

(2) 山口組では、平成元年七月二〇日、渡辺芳則新組長の五代目襲名式が行われ、新組長の威光を末端組員に対しても周知徹底させる目的で、この襲名式の模様をビデオテープに収録し、その複製ビデオテープを系列の組に配付したこと。

(二) 本件ビデオは、右のうち(2)の事件に関し、まさに製作され、配付された対象物であり、右(2)の事件を構成する著作物である。そして、山口組は、一和会との抗争を経て、四年余り空席だつた五代目組長が決まり、名実共に日本最大の暴力団組織となり、五代目組長決定後、襲名披露式は警察によつて阻止されてきたが、昼食会などと称して勢力を誇示し、全国各地で抗争事件を起こし更なる勢力拡大の動きをとつていて、山口組それ自体やその活動が社会一般における重大な関心事となつていた状況下において、右(2)の事件が起きているのであるから、それは社会一般に伝えられるべき報道価値の高い、時事の事件である。

(三) 被告は、右(2)の時事の事件を構成する、全体で一時間二七分に及ぶ本件ビデオのうち、視聴者一般がその内容を明確に理解しうるのに必要な部分を抜粋して約四分間放送したのであつて、事件報道のために欠くべからざるものであり、その事件を正確かつ平明に報道する上で必要最小限の利用ということができ、報道の目的上正当な範囲内の利用である。しかも、被告は、利用に際しては、本件ビデオ中のクレジットタイトル(製作関係者の名を表示する末尾の字幕)に従つて、山口組製作のビデオからの利用である旨明示し、同法四八条所定の出所の明示も行つている。

(四) したがつて、本件放送は、著作権法四一条に基づく適法な利用である。

【原告の主張】

(一) 山口組が配付したビデオテープが、【被告の主張】(一)(2)の事件の構成物であるとしても、そこに収録された本件ビデオそのものは、配付という事件と離れた独立のものであり、配付の有無に係わらず独立した存在価値を認められる著作物であるから、時事の事件の構成物とはいえない。例えば、有名女優の写真集が出版されたことが時事の事件である場合に、写真集の内容を放映することは著作権の侵害となることは明らかであり、本件においてもその理は同様である。

(二) 本件放送は、連続して四分一三秒間も、本件継承式の最も劇的な部分のみを取り出して放送したものであるから、著作物たる本件ビデオの内容そのものを視聴者に見せる目的での放送であり、時事の事件の構成物として報道したものとは到底いえない。時事の事件の構成物として報道することと、構成物の内容そのものを放送することとは、全く異質のものである。また、本件継承式のクライマックス部分を四分一三秒間にわたつて放送するという放送内容に照らすと、本件放送は、報道の目的上正当な範囲内における利用とは到底いえない。

本件放送が、報道を目的としてではなく、一斉捜索という時事の事件から離れて、本件継承式の模様そのものを、見せ物・ショーとして放送する意図でなされたことは、本件番組中のニュースキャスターやアナウンサーの発言内容や、被告が、本件番組当日の昼間から「スクープ!山口組五代目継承式ビデオ放映」という予告字幕を流し、本件番組の放送前に予告して本件ビデオの一部を放送した事実からも明らかである。更に、本件ビデオの性質を考えるに、五代目襲名式という歴史的、一回的な行事を記録した記録映画であり、演出という要素は全くない。そのような記録映画のクライマックス部分のみを取り出して放送したことからも、視聴者に鑑賞させることのみを目的としていたことを明らかに認めることができ、本件放送の違法性は顕著である。

3  本件放送は、著作権法三二条所定の引用として適法な行為か。

【被告の主張】

(一) 被告は、本件番組において、山口組に関連する諸事件の報道を行い、右報道の補足資料及び事件の対象を示すものとして本件ビデオの一部を放送して利用したものであり、著作権法三二条によつて許容された、公表された著作物を引用して利用することに該当する。

(二) 本件ビデオは、それを複製した約八〇〇本のビデオテープが作成され、本件継承式に出席した一〇〇名以上の関係者及びこれに出席できなかつた全国の組又は団体に配付されている。右配付は、特定かつ多数の者、すなわち公衆への譲渡に該当するから、頒布にあたり(同法二条一項二〇号、五項)、仮に右配付が公衆への譲渡に該当しないとしても、本件ビデオは映画の著作物であり、右配付は、公衆に提示することを目的として譲渡されたものであるから、やはり頒布にあたる(同法二条一項二〇号)。したがつて、本件ビデオは、発行された著作物(同法三条)であるから、公表されたものとされる(同法四条一項)。

(三) 同法三二条に定める、「公正な慣行に合致する」及び「報道……その他引用の目的上正当な範囲内で行われる」という要件は、具体的な基準としては、「引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別しうること」及び「右両者間に、前者が主、後者が従たる関係があること」が要求されると解すべきところ、まず、本件番組においては、本件放送は、画面上明らかに番組の他の部分と区別して認識し得る。

次に本件番組においては、「山口組五代目組長がそれまでの内部抗争を経て決定し、名実共に山口組が最大の暴力団になり、更なる勢力誇示、拡大を行つていること」「山口組は五代目襲名披露式の開催を意図してきたが、取締当局により阻止され続けたこと」「山口組の五代目組長決定後の勢力拡大の動きに打撃を与えるべく、大阪府警が三年半ぶりに山口組の一斉摘発に乗り出して、組員の逮捕等を行つたこと」「五代目組長襲名式の模様についての本格的ビデオが製作され、系列の組に配付されたこと」の各事件が全て五代目組長決定、襲名という象徴的事件の下における山口組の組織勢力拡大という文脈の中で統一的に報道されている。本件ビデオは、かかる文脈の中において、右各事件の内容、意味、特に五代目組長の決定ということが日本の広域暴力団間の勢力分布においていかなる意味を有するか(例えば同じく広域暴力団である稲川会との関係)、また、組織の団結を図るべくかかる襲名式を行う山口組を含むいわゆるやくざ社会の副次文化の一端等への理解を深めるための重要な補足資料たる役割を果たし、また、本件ビデオの製作、配付という事件報道との関連では、まさに当該事件を構成する対象である。本件番組では、かかる事件の内容、意味を明らかにする上で不可欠の素材として、全体で一時間二七分に及ぶ本件ビデオのうちから、右目的、役割を果たし得る約四分間だけが引用して利用され、更にこれに対するキャスター等出演者の解説・コメント等が加えられている。すなわち、本件番組全体の内容からは、あくまで前記山口組関連の諸事件の報道が主な内容であり、また、主な価値を有しており、本件ビデオの引用は、その事件報道の理解をより深めかつより容易にするための、重要ではあるが従たる存在であるということができる。本件ビデオの引用部分は、本件番組における右各山口組関連の事件報道を離れて、それ自体独立した価値、意義を有するようなものではない。また、本件ビデオの引用部分は、山口組という極めて強い社会的関心の対象である暴力団の活動に関する事件報道及びそれらを取り扱つた本件番組の有する公共的価値、意義を凌駕しうるような価値、意義をそれ自体が有するものともいえない。

以上、本件放送は、公正な慣行に合致し、かつ、引用目的(報道目的)上正当な範囲内で行われた引用利用である。

しかも、引用に際しては、本件ビデオ中のクレジットタイトルに従つて、山口組製作のビデオからの利用である旨明示し、同法四八条所定の出所の明示も行つている。

(四) したがつて、本件放送は、著作権法三二条一項に基づく適法な引用である。

【原告の主張】

(一) 本件ビデオの複製ビデオテープは、連番を付して六五〇本製作され、山口組の直系の組と友好団体に配付されたにすぎないから、公表されたとはいえない。

(二) 著作権法三二条所定の適法な引用というには、引用する著作物と引用される著作物の主従関係が一見して明白でなければならないが、本件放送は、本件継承式のクライマックス部分を四分一三秒間もの長時間放送しており、引用する著作物と引用される著作物とが明瞭に識別できないから、本件番組中の本件放送以外の部分が主で、本件放送が従であるという主従関係にはなく、「引用」とはいえない。むしろ、本件番組中の山口組関係の放送に占める本件放送の割合をみると、本件放送が主であり、その余の山口組関連事件の放送は本件放送の導入部の役割を果たしているにすぎない。

また、適法な引用であるためには、テレビ受像機の画面上引用であることが明白でなければならないが、本件放送では、それが明確にされず、本件ビデオをそのまま全画面に再現しており、それが四分一三秒間もの長きにわたること及びクライマックス部分を選択して放送していることを考え併せると、引用ではなく鑑賞目的での放送というべきである。本件放送に際して、本件ビデオ中のクライマックス部分について、儀式の進行を視聴者に解説して視聴者の理解に供するという放映方法がとられていることからみても、引用とはいえず、鑑賞目的で放送したことが明らかである。なお、2【原告の主張】中で述べた如く、本件放送は、五代目襲名式という歴史的、一回的な行事を記録した、演出という要素の全くない、記録映画の特質を有する本件ビデオのクライマックス部分のみを取り出して放送しているのであつて、明らかに視聴者に鑑賞させることのみを目的としていたものと認めることができるから、本件放送の違法性は顕著である。

被告を含むテレビ局各社は、自社が著作権を有する映像の二次利用について規程を設けており、例えば、日本放送協会では、一〇秒までの基本料金を定め、一一秒目からは一秒毎に単価を定めており、日本テレビ放送網株式会社は一秒毎に単価を定めて、いずれも、その映像著作物について厳格に管理する慣行がある。四分一三秒間もの長きにわたつてクライマックス部分のみを放送した本件放送の違法性は極めて強い。

したがつて、本件放送は、公正な慣行に合致しないし、引用の目的上正当な範囲内で行われたものともいえない。

4  本件放送により被告が得た利益の額又は通常受けるべき金銭の額

【原告の主張】

被告は、本件放送により一八二二万円を下らない収入(番組提供料・広告料)を得て同額の利益を受け、かつ、自ら本件ビデオを製作したならば番組製作費及び出演謝礼として支払うことを要したであろう一五〇〇万円の出捐を免れて同額の利益を受けた。

しからずとも、本件ビデオは、制作に五〇〇万円を要しており、しかも稀少価値のあるものであるうえ、本件放送以前には放送されたことがなかつたのであるから、本件放送を許諾した場合に通常受けるべき金銭の額は一〇〇〇万円を下らない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(著作権の帰属)について

1  製作者であるとの主張について

(一) 事実関係

《証拠略》を総合すると、本件ビデオ製作の経緯に関して次の事実が認められる。

(1) 藤映像は、映画(フィルム映画)及びビデオ映画の製作を主な目的とする会社であり、代表取締役の俊藤は、以前に東映株式会社に映画プロデューサーとして在籍し、多数のいわゆる任侠映画の制作を担当した経歴があるほか、稲川会の襲名式のビデオ撮影、編集を行つた経験を有していた。

(2) 平成元年六月頃、俊藤が、山口組の法律事件処理を多く受任していた山之内幸夫弁護士に、「今度襲名式があるようだが、ビデオをとりましようか。」と申し入れたので、山之内弁護士は、俊藤はその経歴から襲名式の壷を良く心得ており、安心して任せることができると考えて、俊藤の右意向を、五代目山口組若頭として本件継承式の運営全般を統括する立場にあつた原告に伝達した。そこで、原告は、山口組若頭として、藤映像に本件継承式の記録映画の製作を委託することとし、平成元年七月初旬頃、山之内弁護士を代理人として、藤映像代表取締役俊藤と、藤映像が本件継承式のビデオ撮影や編集等必要な一切の作業をして本件継承式の記録ビデオ映画を製作することを目的とする契約を締結した。

(3) 俊藤は、藤映像の代表者として、ビデオカメラマン三名、同助手三名、照明担当者二名、録音担当者二名、スチール写真担当者二名及び進行係一名の社外スタッフを選定して雇傭し、機材を手配し、右一三名に俊藤、補助者及び運転手を加えた合計一六名は、俊藤の指揮のもとに、平成元年七月二〇日午前二時頃から午後一時頃まで、神戸市灘区所在の山口組本部事務所において、本件継承式の開始前の会場の様子、本件継承式の実施状況、式後の宴会の様子等のビデオ撮影及びスチール写真撮影を行つた。また、同人らは、同日頃、俊藤の指揮のもとに、神戸市内の様子もビデオ撮影した。

(4) 原告は、同日藤映像に、本件ビデオ製作及びその複製ビデオテープの代金として五〇〇万円を支払つた。

(5) 撮影したビデオテープの量は合計約六時間分に及んだが、藤映像において、平成元年八月二〇日頃までかけて、俊藤の指揮のもとに、右テープを編集し、音楽を含む音入れをし、映像にタイトルや登場人物の地位氏名等を説明する字幕を挿入する等の作業をして、本件ビデオを完成した。

(6) 藤映像は、その後、東映化学工業株式会社に委託して本件ビデオの複製物八〇〇本を作成し、これらに連番を付したうえで、原告に納品した。

(7) 原告側からは、本件ビデオの製作を依頼するに際し、藤映像に対し、その内容について具体的な指示や要求をしておらず、撮影、編集及び音入れ等の作業一切は、全て俊藤の一存でその意図のままに行われ、原告は一切関与しなかつた。

(8) 本件ビデオの製作に携わつた者に支払われた人件費、機材の調達費用その他の本件ビデオ製作に要した諸費用や八〇〇本のビデオテープへの複製代金の支払は、すべて藤映像の責任と計算において行われた。

(二) 判断

以上によれば、原告は、山口組若頭として、本件継承式を記録するビデオ映画の製作を藤映像に発注し、その代金として五〇〇万円を支払つたにとどまるのに対して、俊藤は、藤映像の業務として、本件ビデオの内容を具体的に構想したうえで、その製作に必要な資材を調達し、その製作に従事するスタッフを選定雇傭し、製作の全過程を指揮して本件ビデオを完成し、人件費、その他製作に要する諸費用の支出も、藤映像の責任と計算においてなされたのであるから、本件ビデオの製作に発意と責任を有する者(映画製作者)は、原告ではなく、藤映像であるといわざるを得ない。

したがつて、原告が映画製作者として本件ビデオの著作権を取得した旨の原告の主張を認めることはできない。

2  藤映像からの著作権譲受けの主張について

右1(一)認定の事実によれば、本件ビデオの全体的形成に創作的に寄与した者(著作権法一六条)は俊藤のみであると認められるところ、俊藤は、藤映像の代表取締役であり、藤映像の業務として創作行為を行つたのであるから、藤映像に対し本件ビデオの製作に参加することを約束していたものといえる。したがつて、本件ビデオの著作権は、その完成時には、著作権法二九条により、映画製作者である藤映像に帰属することになる。

そこで、原告が藤映像から本件ビデオの著作権を譲受けた事実が認められるか否かを検討するに、本件全証拠によつても、原告と俊藤が、本件放送時以前に、本件ビデオの著作権を藤映像から原告に譲渡する旨の明示の合意をした事実も、その旨の黙示の合意が成立していた事実も認めることはできない。

なお、<1> 俊藤は、本件ビデオの最後に、「制作 山口組総本部、総指揮 若頭宅見勝、指導 総本部長岸本才三、製作協力 藤映像コーポレーション」というクレジットタイトルを入れたこと、<2> 俊藤と原告代理人山之内弁護士は、平成二年一月一〇日、本件ビデオの著作権は原告が有する旨の確認書に署名、押印したこと、<3> 俊藤は、本件ビデオの製作依頼を受けてから、本件放送がなされるまでの間に、山之内弁護士に対して、藤映像は、本件ビデオをテレビ局に利用させることはしないし、厳重に管理するが、原告も、限定本数の発注にし、テレビ局が使いたがるだろうが非常に値打ちのあるものだから利用させてはいけないし、著作権があるものだから勝手に利用されてはいけない、と忠告したが、右確認書作成までは、著作権者が誰であるかという話題が出たことはないことが認められ、また、山之内弁護士作成の陳述書には、本件継承式の撮影を許すか否かは、そもそも主催者的立場にある原告が決することであるし、俊藤としても、ビデオ撮影をする以上に、放映権が欲しいという意図はなかつたのであるから、本件ビデオの製作者は原告であり、著作権が原告にあつて、俊藤もしくは藤映像が本件ビデオを利用する権限がないことは当然の了解事項であつたのであり、右クレジットタイトルの表示は著作権の帰属をも表すものであり、右確認書は、その作成時に譲渡するという趣旨ではなく、当初から著作権が原告に帰属していたことを確認する趣旨で作成したものである旨の記載がある(同証言も同旨)が、右のうち、俊藤が、山之内弁護士に対して、本件ビデオをテレビ局に利用させることはしないし、厳重に管理する、と述べたこと(右<3>)は、藤映像において、いわゆるマスターテープを所持、管理することを前提とした発言と考えられ、また、<2>の確認書は、本訴提起後に作成された文書にすぎないから、右各事情を考慮しても当裁判所の右判断を変更することはできない。

また、《証拠略》によれば、<1> 五代目山口組という団体は、渡辺組長を頂点として家父長制を模した疑似血族関係を形成する団体であること、<2> 五代目山口組には、団体の会計を担当する責任者がいること、<3> 本件ビデオは、五代目山口組が、その正式発足に際し挙行した本件継承式の記録として残すとともに、その複製ビデオテープを、本件継承式に直接参加した直系組長等には出席記念品として、芳名録に記載されることを許諾した全国各地の山口組系列以外の団体等には本件継承式の模様を報告するとともに、賛助に対する謝意を示すために配付する目的で作成されたものであり、実際、そのとおりに使用されたこと、<4> 五代目山口組においては、実務的な諸行為は原則として原告が取り仕切つているが、これは原告が若頭という地位にあることによるものであることが認められる。また、原告が藤映像に支払つた五〇〇万円の出所について、証人山之内は、原告個人の懐から出ていると思う旨証言するが、右<1>ないし<4>の各事実に照らせば、原告ではなく、五代目山口組の会計担当者から支出されたものと考えることが合理的であるし、少なくとも、俊藤は、そのように認識していたと推認される。そうすると、仮に、俊藤が、本件ビデオの著作権を譲渡する旨の黙示の意思表示をするとしても、その譲渡の相手方は団体としての五代目山口組と考えるのが合理的であり(なお、本件ビデオの末尾のクレジットには、「制作山口組総本部」と表示されている。)、その場合に、原告主張の如き理由で、団体としての五代目山口組に権利が帰属しないとすれば、右黙示の意思表示は、家父長制を模した疑似血族関係の頂点に立つ渡辺組長に譲渡する趣旨と解することが合理的である。なお、平成四年五月三〇日付確認書は、本訴提起後に作成されたものであるから、本件放送当時に原告が著作権を有していたことを認めるための証拠とはなり難い。

結局、原告が、本件放送当時、本件ビデオの著作権を有していたと認めることはできないから、原告の請求はこの点で既に理由がないといわざるを得ない。

二  争点2(時事の事件報道のための適法利用の抗弁)について

1  本件番組中における、本件放送の前後及び本件放送中の放送内容は次のとおりであつた。

(一) スタジオの浜尾朱美アナウンサーが、「大阪府警は、今日三年半ぶりに山口組の一斉摘発に乗り出し、これまでに四七人を逮捕しました。大阪から沢田記者がお伝えします。」とアナウンス

(二) 大阪府警察本部前から、沢田隆三記者が、「山口組は今年四月、懸案だつた五代目組長を選んで以降、全国規模での勢力拡大を図つており、今日の一斉取り締りはそうした動きに対する先制攻撃といえます。」とアナウンスし、引き続き、〔組事務所の捜索 大阪・きよう〕という字幕を画面下に表示し、事務所内における多数警察官による捜索の模様を放映しつつ、同記者が、「今日の取り締りに、大阪府警では、五〇〇人の捜査員を投入、八四人の逮捕状を用意し、組事務所など二八か所を捜索しました。組員の恐喝事件の容疑で捜索した大阪市内の組事務所では、木刀の他、資金稼ぎに絶大な威力を発揮するといわれる代紋のバッジも多数押収して、活動の封じ込めに出ました。山口組は一和会との抗争を経て、今年四月(ここで画面は渡辺組長らの映像に転換)、四年余りの間空席だつた組長の座に、(ここで〔山口組 渡辺芳則組長〕という字幕を画面下部分に表示〕四八歳という渡辺芳則組長が就き、現在の組員は史上最多の二万一〇〇〇人、名実共に日本最大の暴力団組織となりました。(ここで画面は熊本で行われた昼食会の映像に転換)五代目決定後、派手な襲名披露式は警察に阻止されましたが、(ここで〔山口組による「昼食会」・熊本9月〕という字幕を画面下に表示)この間、大阪や、岡山、それに九州などで、昼食会と称して、西日本での勢力を誇示、また北海道でも抗争事件を起こしています。(ここで画面は再び警察官による捜索の状況に転換) 今日は大阪府警としては三年半ぶり、五代目組長就任後始めての大掛かりな取り締りで、組織拡大を続ける山口組に対して打撃を与えたいとしています。」とアナウンス

(三) スタジオの筑紫哲也キャスターが、「えーさて今の襲名式ですが、あー私達はあー山口組が内部用に作つた、あーこの襲名式の模様のビデオを入手致しました。」とアナウンス

(四) スタジオの池田裕行アナウンサーが、「山口組は七月の二〇日、神戸の組本部で渡辺芳則新組長の五代目襲名式を行いました。そして新組長の威光を末端組員に対しても周知徹底させようと、この襲名式の模様をビデオに収め、そのビデオを系列の組に配付しました。やくざ映画ばりに華々しい音楽の入つたビデオのダイジェスト版です。」とアナウンス

(五) 〔山口組製作のVTRより〕という字幕を画面下部分に表示しつつ、本件放送を開始

(1) 「五代目山口組継承式」という、本件ビデオのタイトルに続いて、本件継承式開始前の式場の模様(本件継承式に参加・参列する人達等の役割と氏名を記載した、多数の細長い大きな紙が式場の壁面に貼りめぐらされている)部分を放送しつつ、映像中の「霊代中西一男」という紙や渡辺組長の映像、稲川会や住吉連合会の幹部の名前が書かれた紙やその本人の映像に関連して、筑紫キャスターが、「この霊代というのが出てきたのは、今まで山口組を預かつていると、(ここで渡辺組長の映像となり、〔五代目山口組々長 渡辺芳則〕という字幕を画面下部分に表示。なお、これは、筆記体の字幕であり、被告が付したものではなく、本件ビデオ中の字幕である。特に注記しない限り、字幕に関する〔 〕内に示す表示は、活字体の字幕であり、被告が付したものである。)でこの人が渡辺、新しい組長ですね。このーあの、ビデオはその襲名式だけではなくて、あのー指定三団体といわれている広域暴力団、あー、えー」と発言し、浜尾アナウンサーの「稲川」という発言を挟んで、更に筑紫キャスターが、「住吉連合、稲川会、えーその大物が全部顔を揃えているというところが、面白いですね。」と発言

(2) 本件ビデオ中の、媒酌人が「只今より五代目山口組継承の式典を執り行います。よろしゆうおたの申します。」と口上を述べた後右手を左右上下に振り鄭重厳粛な態度で儀式用の盃に酒を注ぐなどする映像部分を放送しつつ、筑紫キャスターが「これはあの、邪を払うつて、まつあの、この全体のセレモニーが非常に日本のおー昔からの、おーしきたりといいますかね、あの、例えば御神酒だとかめでたいの鯛だとか、(ここで〔山口組製作のVTRより〕という字幕を画面下部分に表示)あー、米だとか塩だとか、あ、そういう物を全部こう、いわばエッセンスみたいに」とアナウンスし、池田アナウンサーが「儀式めいた仕種が、なんか神聖な感じを訴えますねー。」、筑紫キャスターが「うん」、浜尾アナウンサーが「もうほとんどの所にこういつたものは残つてないですよね。」、筑紫キャスターが「そうねー、うん」、池田アナウンサーが「こうして清めたお酒を」、筑紫キャスターが「新しい組長、新口へ持つて行くと」、浜尾アナウンサーが「へー」、と順次発言

(3) 本件ビデオ中の、媒酌人の「跡目、渡辺芳則氏に申し上げます。前に運びましたその御神酒を飲み干すと同時にあなたは(ここで〔先代から譲渡される品々〕という字幕を画面下部分に表示)、山口組を相続し、五代目を継承することに相成ります。一家の頭領たるものすべからく清濁合わせ飲み、侠客道の精神に則り、侠客たるの誇りと自覚を堅持し、終生侠道に精進しなくては相成りません。腹定まつたならば、一気に飲み干して懐中深くおしまい願います。どうぞ」と口上を述べる映像部分に続けて、渡辺組長が酒を飲み干し、杯を懐にしまうなどする映像部分を放送しつつ、筑紫キャスターが「でこれはあのー、正面のおーまつ向かつて左手の方でずつとこの儀式をやつていますよね。[少し聴取不能]えー、で譲り渡す。組長譲り渡す」、浜尾アナウンサーが「ふむ」、池田アナウンサーが「譲り渡しの証明をこう、皆さんに」、筑紫キャスターが「皆に見せて」、池田アナウンサーが「披露目して」、筑紫キャスターが「えー」、池田アナウンサーが「いろんな親分に」、筑紫キャスターが「えー」、浜尾アナウンサーが「この進行をやつていた人は誰なんですか」、筑紫キャスターが「これはねー、もうベテランがやるんだそうですね。あのー大変難しい役なんで、この前もそういう役。こちら側に移つたわけですね、組長が。えー」と、順次発言

(4) 本件ビデオ中の、媒酌人の「御披露申し上げます。席が代われば当代でございます。」と言つている部分の放送に合わせて〔席が代われば当代でございます。〕という字幕を画面右側に表示し、筑紫キャスターが「でこれで正式就任という訳ですね。」、浜尾アナウンサーが「はー」、筑紫キャスターが「あー、名前がもう入れ替わる訳です。代理人から正式に引き渡されたという」、と順次発言

(5) 〔続いて襲名披露に〕という字幕を画面右側に表示しつつ、本件ビデオ中の、祝宴の席上での、渡辺組長の「不肖渡辺芳則、及ばずながら微力を傾注し、粉骨砕身努力を尽くす存念でありますれば、衷心より伏して御懇情申し上げる次第でございます。」との挨拶部分を放送

(6) 本件ビデオ中の、記念撮影のために並んだ出席者、五代目山口組の看板及び山口組の代紋を染め抜いた暖簾を順次映し出し、看板及び暖簾の映像に重ねて〔山口組傘下737団体 約2万1千人 暴力団員の4人に1人は山口組(警察庁調べ)〕との字幕を表示し、本件放送を終了

(7) なお、右のうち、(1)、(3)の後半及び(6)では、本件ビデオ中の荘重な音楽も同時に放送

(六) 筑紫キャスターが「えー、ま、白昼堂々という感じがする訳ですけれども、警察が全力を尽くしてまー壊滅作戦をやつている筈なのにこうやつて、えー依然として、まーやつてると。えー、この事に対して、えー、この問題について非常に詳しい評論家の猪野健治さんによりますと、おー、『この社会に合法的には満たしえない欲望が渦巻いている限り、えー、それをしよる、処理をする組織というものはなくない、なくならないだろう』と、こう言つておりました。」とアナウンスして、山口組関連の放送を終了した。

(七) 本件番組中、山口組関係の放送は約七分間であり、うち、本件放送は四分十数秒間である。

2  右認定のとおり、被告は、本件番組において、「当日、大阪府警察本部が、五〇〇人の捜査員を投入して、山口組系列の団体の構成員(組員)四七人を逮捕し、系列の組事務所など二八か所の捜索を行うなど、三年半ぶりに山口組系の暴力団の一斉摘発を行つた」という時事の事件を報道するとともに、これに関連して、「右事件は、山口組が同年四月に、懸案だつた五代目組長を選んで以降、全国規模での勢力拡大を図つていることに対する大阪府警察本部による先制攻撃といえる」という視点に立つて、同年四月の渡辺芳則五代目組長の決定とそれに関連する構成員増加、昼食会と称する集会の開催、抗争事件の発生といつた勢力拡大の動きや同年七月二〇日の本件継承式の実施を概括的に報道したうえで、アナウンサーが、「新組長の威光を末端組員に対しても周知徹底させようと、この襲名式の模様をビデオに収め、そのビデオを系列の組に配付しました。やくざ映画ばりに華々しい音楽の入つたビデオのダイジェスト版です。」と発言して、本件放送を行い、本件放送中には、キャスター及びアナウンサーが、画面に写し出された本件継承式について感想を述べたり解説を加えたりし、本件放送を終えた後に、キャスターが本件継承式を行つたことに関する感想を述べるとともに、評論家の暴力団組織の存在に関する意見を紹介しており、これらの事実によれば、被告の本件番組担当スタッフは、本件ビデオの製作及び複製ビデオテープの配付は、新組長の威光を末端組員(系列の団体の構成員)に対しても周知徹底させるために行われたものであり、勢力拡大の動きの一環であると位置付けて、「山口組が、渡辺芳則五代目山口組組長の威光を末端組員(系列の団体の構成員)に対しても周知徹底させるために、本件継承式の模様を撮影して本件ビデオを作成し、その複製物を系列の団体に配付したこと」を時事の事件として報道したことが認められ、また、本件ビデオは、右事件を構成する著作物であり、被告は、本件ビデオを右事件の報道に伴つて利用したと認められるから、本件放送は、著作権法四一条所定の、放送の方法によつて時事の事件を報道する場合における、当該事件を構成する著作物を、当該事件の報道に伴つて利用することに該当するというべきである。

3  次に、右利用が、同条所定の報道の目的上正当な範囲内においてなされたといえるか否かを検討する。

(一)《証拠略》によると、五代目山口組は、藤映像から納入を受けた、本件ビデオの複製ビデオテープ八〇〇本のうちの多くを、本件継承式に出席した直系組長や疑似的な親戚関係にある団体の代表者等に出席記念品として、芳名録に記帳することを許諾したが出席できなかつた全国各地の山口組系列以外の団体等には本件継承式の模様を報告するとともに賛助に対する謝意を示す趣旨で配付したものの、直接配付していない団体(いわゆる二次団体や三次団体等)も多数あつたが、実際には、その配付を受けた者や団体が組員に上映して見せたり、それを更に複製したビデオテープを系列の団体に交付したりしたことにより、山口組系列の団体の構成員の多くが本件ビデオを鑑賞したことが認められ、その事実と本件ビデオの内容に照らすと、本件ビデオの製作及びその複製ビデオテープの配付は、被告が報道したとおり、渡辺芳則五代目山口組組長の威光を系列の団体の構成員に対しても周知徹底させる効果を果たしたと推認されるから、被告が、「山口組が、渡辺芳則五代目山口組組長の威光を末端組員(系列の団体の構成員)に対しても周知徹底させるために、本件継承式の模様を撮影して本件ビデオを作成し、その複製物を系列の団体に配付した」旨報道したことは、本件ビデオの製作及びその複製ビデオテープの配付が持つ意味の一面を強調したもので、やや不正確ではあるが、実際に生じた事件の報道の範囲内にあるというべきである。また、《証拠略》によると、既に平成元年二月から本件番組当日までの間、山口組が一和会との抗争の過程で系列団体の構成員を含めると約二万一〇〇〇人の組員を擁するまでに勢力を拡大していること、昭和六〇年一月に四代目山口組組長が一和会系の暴力団組員により殺害された後四年余りの間空席だつた組長の座を巡り中西一男四代目組長代行派と渡辺芳則若頭派が争つた末、同年四月に五代目山口組組長が決定されたこと並びに警察庁や栃木県及び熊本県等の警察本部が新組長の襲名披露式の阻止に力を入れていることが日刊紙で広く報じられており、本件番組当時、五代目山口組組長決定に関連する山口組の動向が広く世間の耳目をひいていたことが認められ、これらに照らすと、本件ビデオの製作やその複製ビデオテープの配付もまた、社会一般に報じられるべき報道価値の高い時事の事件であつたといえる。また、その際に、事件の構成物として、単に、ビデオテープの外部形状のみを写しても、その内容を報道しなければ未録画のビデオテープと異なるところはなく、その事件の内容や意味を視聴者に明確に伝えることはできず、その点では本件ビデオの一部を放送することが、より直截で効果的な方法であることは明らかである。

(二) また、被告の本件番組担当者の意図を検討するに、《証拠略》によると、同担当者は、新組長決定という機会を利用して各地で新組長の襲名披露の行事を行い、勢力を誇示して全国的な組織固めと組織拡大を図ることが山口組のような広域暴力団の常套手段であり、新組長の襲名は、単なる団体内部の私事ではなく、全国規模で広範囲にわたりその支配を確立しようとする広域暴力団の諸活動にとつて重要な役割を有しており、そうであるからこそ、警察庁も山口組が各地で襲名披露の行事を行うことを阻止しようと各警察本部に指示して警戒を強めていると認識していたが、実際には、平成元年七月に襲名披露の趣旨を持つ本件継承式が神戸市灘区所在の山口組本部で行われ、その模様がビデオ撮影されてその複製ビデオテープが系列の団体に配付されたこと、またそのビデオテープが更に複製されて高値で取引されていることなどを知り、本件番組の数日前には本件ビデオを複製したビデオテープを入手していた状況下において、大阪府警察本部が山口組の一斉摘発に乗り出し、大阪府内の山口組系暴力団事務所など二八か所を捜索し、四七人を逮捕するという時事の事件が発生したことから、その報道に当たり、単に当日の警察の行為を伝えるだけでなく、<1> 四年余りも空席だつた組長が決定し、日本最大の暴力団山口組の組織が固まつたこと、<2> これを機会に全国各地で襲名披露を行つて組織拡大を図ろうとする動きがあり、警察が警戒してきたこと、<3> 大阪府警察本部の一斉取り締りはこうした山口組の動きに対する先制攻撃の意味を持つていることなど、事件の背景を説明することが視聴者の理解にとつて必要なことであり、またその理解を深めることになると考えるとともに、本件番組当日までに知りえた、神戸では新組長の襲名披露の趣旨を持つ本件継承式が既に行われ、新組長の意思・威光を末端組員にまで周知徹底させるためにその式の模様をビデオ撮影したうえで、系列の団体にその複製ビデオテープを配付したという事実も、新組長決定後の山口組の動き、状況の中で重要な意味を持ち、警察が組織固め・勢力拡大の端緒になるとして警戒してきた襲名披露式とは一体何であるか、それにもかかわらず挙行されたビデオ撮影までされて、その複製ビデオテープが配付されるという襲名披露式とは一体どんなものなのかを、実際の映像と音声で紹介することは、組織暴力団の実態を視聴者に知らせるうえでも、また当日の各事件報道の持つ意味内容を明らかにするうえでも大きな意味があると考え、当日生じた事件の報道に加えて、本件ビデオの作成及びその複製ビデオテープの配付を含む五代目山口組組長決定に伴う諸事件をまとめて放送し、それに伴つて、本件ビデオの一部を放送することとし、当日の各事件報道の対象素材ないし参考素材として、山口組関連の各事件及び山口組五代目襲名披露式の内容を理解するのに役立つと考える部分を選択し、暴力団に詳しい専門家に取材して番組出演者のコメントを準備したうえで本件放送をしたことが認められ、これらの事実に照らすと、本件番組担当者は、原告主張の如く、時事の事件から離れて、本件ビデオを見せ物として放送して視聴者に鑑賞させる意図を有していたものではないと認められる。

(三) 本件放送の放送時間は四分十数秒間であり、単純計算では本件番組中の山口組関連の報道全体の放送時間約七分間の約六割を占めるようにみえるが、両者は時間的に重複しているものであり、被告は、本件放送中も、本件ビデオのみを放送するのでなく、出演者が、画面に写し出された本件継承式について感想を述べたり解説を加えたりしており、これらは、視聴者が、本件ビデオの作成及びその複製ビデオテープの配付という事件がいかなる意味を有するかを理解するのに資する行為である。また、四分十数秒間というのは、本件ビデオ全体を放送する場合の時間(約一時間二七分)の五パーセント弱にとどまる。

(四) 前記1認定の事実によれば、本件番組は、視聴者が本件放送をそれ以外の部分と区別しうる状態で放送したと認められる。

(五) 以上の諸点を総合して考えると、本件放送は、報道の目的上正当な範囲内において本件ビデオを利用したものと評価するのが相当である。

4  また、被告は、本件放送に先立つて、山口組製作のビデオ映画の一部を放送する旨のアナウンスをするとともに、本件放送の冒頭及び中途において、〔山口組製作のVTRより〕という字幕を画面下部分に表示して、その出所を明示しており、これは、本件ビデオの最後の部分に表示されたクレジットタイトルにある、「制作 山口組総本部」という表示に従つたものであるから、著作権法四八条一項所定の出所の明示も行つているというべきである。

5  したがつて、本件放送は、著作権法四一条所定の時事の事件の報道のための利用として、適法な行為であると認められるから、この点からみても原告の請求は理由がないといわざるを得ない。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 小沢一郎 裁判官 辻川靖夫)

《当事者》

原告 宅見 勝

右訴訟代理人弁護士 山之内幸夫 同 菊池逸雄

被告 株式会社 東京放送

右代表者代表取締役 磯崎洋三

右訴訟代理人弁護士 田辺 護 同 牛島 信 同 荒関哲也 同 田村幸太郎 同 小野吉則 同 浜辺陽一郎 同 池袋真実 同 權田光洋

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例